批判はあっても良いが、なぜ罵倒が許されるのか
- はてなに絶望しました。もうブログやめます。 - Paper Storm!!!
- Webは意外に敷居が高い : 雑記帳 : der Gegenwart
- 十五時十三分 - 二千八年六月二十七日 - smallball
罵倒・罵詈・雑言・誹謗・中傷がこれだけはびこっていれば絶望するのも無理はない。
建設的な批判はあってしかるべきものだし、少し批判されたくらいでへこたれるような人は意志・度胸がなかったということだろう。しかし罵倒の類は相手に対して脅迫をしているだけで、建設的な議論の発展に全く貢献しない。
新聞や雑誌の記事ないし投書欄等に馬鹿は消えろ
とかてめえみたいな奴は死ね
とか書かれている様を想像してみよ。このような罵倒を公の場に公開することがどれほど間抜けな行為であるかを自覚せよ。このような行為は、相手の人格と存在を一方的に否定しているという点で学校や職場における虐めと何ら変わりはない。
人に向かって言って良いことと悪いことがある。心の中で思ったとしても口に出してはいけないことがある。それはリアルでもネットでも同じことだ。
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